毎日11/29 18:56 ＜チェルノブイリ原発全面閉鎖＞原発城下町を訪ねる
1.キイワード；チェルノブイル
2.関係者；ウクライナ・チェルノブイリ原発
3.概要；史上最悪の放射能汚染事故を起こした旧ソ連（現ウクライナ）チェルノブイリ原発が来月１５日に全面閉鎖されるのを前に、原発労働者が暮らすウクライナ北部のスラブチチ市を訪ねた。国民の多くは忌わしい惨事をもたらした同原発の閉鎖を支持しているが、仕事を失うことになる「原発城下町」の住民たちは、将来に不安を抱きながら、閉鎖へのカウントダウンを迎えていた。 【スラブチチ（ウクライナ北部）で田中洋之、写真も】
スラブチチ市は、チェルノブイリ原発の北東約５０キロにある。１９８６年４月の事故で原発近くにあった原発労働者の町プリピャチが放射能汚染で閉鎖されたため、代替都市として新たに建設された。人口２万６０００人で、このうち約１万人がチェルノブイリ原発関連の仕事に従事している。全住民中、１６歳以下の子供は約９０００人にのぼる。住民の平均年齢は約３０歳と非常に若い。 同市には５つの学校や病院、映画館など日常生活に必要な施設を完備している。チェルノブイリ原発の生み出す利益から、市に毎年１２００万ドル（約１３億円）が入ってくる。労働者たちは列車や車で、ウクライナ領に突き出した隣国ベラルーシ領を経由して原発に通勤している。
原発の建設部門に勤務するビャチェスラフ・ポチェプさん（３８）は、ウクライナ中部出身。大学を卒業し、チェルノブイリ事故の３年後の８９年から働き始めた。給料は月約１０００グリブナ（約２万円）で、国民平均の４倍近い。 「チェルノブイリで働くことには放射能を危険視する知人もいたが、高い給料が魅力だった」と話す。２ＬＤＫの広いアパートに、妻タチヤ―ナさん（３８）、長男ウラジーミル君（１４）と計３人で暮らす。閉鎖後も原子炉の解体作業などであと５年は働けるというポチェプさんは「仕事が将来どうなるか不安はある。でも、ここは暮らしやすく、外に出るつもりはない」と語った。
スラブチチ市は、他の工場や産業のない原発依存都市だ。政府は同市を「特別経済地域」に指定し、減税など特典を与えることで投資や企業誘致に取り組んできた。しかし、ウクライナの経済状況や原発事故のイメージが悪いため、具体的な進展は見られない。ウクライナは経済改革や民営化が遅れているとして国際通貨基金（ＩＭＦ）の拡大信用供与が止まったままになっている。
原発閉鎖に伴い、来年には２９００人が職を失う見通し。さらに学校を卒業して就職時期を迎える若者がこれから毎年７００人ずつ出てくる。西側諸国は閉鎖の見返りとして、石油・石炭の代替エネルギー供与や事故を起こした４号機を覆う「石棺」の補修などの支援を表明しているが、労働者の雇用対策や社会保障は対象になっていない。切実な問題が置き去りにされたままの「見切り閉鎖」に、住民たちは不安を募らせている。
◆ボロジーミル・ウドビチェンコ市長に聞く
―チェルノブイリ原発の全面閉鎖をどう思いますか。
市長 一市民としては閉鎖に反対だ。（閉鎖される）３号機は正常に稼働しており、電力を供給している。チェルノブイリ原発は事故後、安全性向上のため多額の資金が投入され、あと１１〜１２年は稼働できる。同じチェルノブイリ型（黒鉛減速軽水冷却炉）の原発はロシアやリトアニアでも稼働している。発電所の閉鎖は経済的に苦しいウクライナにとって損失だ。市にとっても打撃は大きい。
――閉鎖決定の背景には国際社会からの強い要請がありました。
市長 自国の事情だけで政策は決定できない。ウクライナの今後の経済成長は、国際社会や欧州連合（ＥＵ）への加盟と密接に関連している。国際的な公約であるチェルノブイリ原発の閉鎖をやめれば、ウクライナは孤立する。
――閉鎖後に望むことは何ですか。
市長 原発事故は旧ソ連から引き継いだもので、ウクライナ１国の問題ではなく、全地球的な惨事だ。世界は原発の閉鎖に注目しているが、原発が停止しても労働者の雇用や放射能被災者の対策など、多くの課題が残っている。ウクライナは国際社会との約束に従って自発的に原発を閉鎖するのだから、国際社会は支援を続けるべきだ。
◎チェルノブイリ原発
旧ソ連が設計した黒鉛減速軽水冷却炉。１９７７年に１号機が運転を開始し、８３年までに計４号機が完成した。８６年４月２６日、最も新しい４号機で爆発事故が発生、大量の放射能が北半球全体にまき散らされた。９１年には２号機が火災で運転を停止した。ウクライナのクチマ大統領は９５年４月、西側からの支援を条件に２０００年までの全面閉鎖を表明。同年１２月にＧ７（先進７カ国）、欧州連合との間で閉鎖に関する覚書が調印された。９６年に１号機が運転を停止。現在まで唯一運転を続けてきた３号機が来月１５日で閉鎖される。[2000-11-29-18:56]