020.02.9 道を聞く 向田邦子無名仮名人名簿 向田邦子 1980年8月
[道を聞く]
明治神宮の表参道に近いところに住んでいるせいであろう、三日に一度は道を聞かれる。
近くに名園とお茶席を持つ美術館、結婚式場が三つばかりある上に、私の住んでいるマンシ
ンの隣りのビルに、地下鉄の出口が出来てしまったのである。
この場合、お礼をするのは3人に一人。
相手が集団の場合は、お礼はしない。
一人一人ならば礼儀正しいのだが。
道を聞かれるのは、こちらがのんびり、普段着の時。
正装して急いでいるときに尋ねられることはない。
老夫婦に明治神宮を尋ねられたら、あいては理解できず、ついてきたら食事を御馳走するとのこと。
喋るとしたをなめる癖があり、理数系の人間のようであった。
神田明神近くで道に迷い、学生風のまひめそうな男に尋ねたら、理路整然と答えてくれた。
ところが、その場所にたどり着かない。後ろをみるとその男がついてきた。
正しかったどうか心配でついてきた。不思議な体験であった。
渋谷道玄坂できず、、酔った初老の男に、ここは新宿デスか渋谷ですかと尋ねられ
連れの男は新宿ですと答えた。
私なら、新宿ですと答えたであろう。得難い経験ならので。